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2012年12月22日

年齢を重ねるロックスターの頭髪

アメリカにも団塊の世代と言うのは存在します。これから引退を迎える60代の人びとがそれにあたるようです。60年代に薬物に浸りながらロックを聞いていた世代で、このパワフルな世代がいる限りローリングストーンズを始めとするミュージシャンは健在です。

ついこの前も、121212 というハリケーン・サンディの被害者の為のベネフィット・コンサートがありました。ボン・ジョビやブルース・スプリングスティーンなどニュージャージーに縁の深いミュージシャンを始め、ベテランのミュージシャンがチャリティーの目的で出演しました。

夫とそのコンサートの模様をテレビで見ていたのですが、最初にステージに上がったジョン・ボン・ジョビのフサフサの髪を見て「コレはフェイクだろう。」と言い続けていました。ボン・ジョビは、まだそれほど年齢も行っていないはずだと思ったら、既に50才なので驚きました。

確かに、これだけ豊かな髪の50才は、あまりいないでしょう。夫曰く「ロックスターにとって、豊かな髪は財産だよ。髪が抜けるのはお金が逃げて行くのと同じじゃないかな。貼付けても植え付けても、何か乗っかってなきゃダメだよ。」

早くから頭髪が薄くなり、今ではもう諦めている50代の夫には、他人のものが気になって仕方がないようです。女性は有名人がフェイスリフト(シワ延ばし)をしているかとか豊胸手術をしてるかなどか気になるのですが、男性は頭髪の具合が気になるのでしょうか。

若い頃に長い髪を波打たせていたミュージシャン達は多いのですが、だからと言って禿げない訳ではありません。ウィリアム王子の件もあるように、白人男性は20代後半から薄くなる人もいます。

ベネフィット・コンサートに出演していたポール・マッカートニーは70才にもなるので、毛がない方が普通の年だと思います。ミック・ジャガー(69才)も、あの年であの髪はあり得ないと夫はテレビを見ながら断言していました。

23才のロバート・プラントと最近のロバート・プラント

今朝の番組では、若い頃はとてもゴージャスな金髪だった、現在64才のロバート・プラントがインタビューを受けていました。薄くはなっているものの、地毛のように見えますが、夫はそれさえも怪しいと言います。

ピート・タウンゼント(67才)やスティング(61才)、フィル・コリンズ(61才)などの若い頃から長髪のイメージがあまりない人は、すんなりと生え際の後退を受入れられるのでしょう。



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2012年3月12日

異常な中での正常な状態

東北地方太平洋沖地震から1年ということで、各地で色々なイベントが行われています。私はニューヨークに住んでいるので、揺れも何も感じませんでしたが、去年の今頃は日本に住む家族や友人の安否が気になり動揺していました。

今の日本人の心の状況を考えると、私がニューヨークで体験したワールド・トレード・センター崩壊後のニューヨーカーの心理状況と重なります。と言っても、日本で起った地震の被害は、ごく局地的なワールド・トレード・センターの被害と比べると途方もなく甚大で、しかも問題の原子力発電所は未だにくすぶっている状態なので、被害にあった方々は、今でも毎日大変な思いをされている事と思います。

高校時代の友人のツイートを読みました。「NHK『3・11のマーラー』、震災の日に予定されていたコンサートを決行した新日本フィルの当日のドキュメント。観客も含め、今の場所で自分のなすべきことを成し遂げることも大事、音楽は人の心を救うものだとしみじみ感じた。(@tokoestcontente)」それを読んで、そういえば自分にもそんな事があっのだと思い出しました。

私はアルゼンチン・タンゴやコンチネンタル・タンゴが大好きなのですが、去年の今頃、地震や原発事故の事で頭がいっぱいで、楽しみにしていたタンゴの演奏とダンスを見に行くのを中止しようかと思っていたのです。起きている間は、ずっとコンピューターにかじりついて、拾える限りの日本の情報を調べまくり、とてもタンゴなど見に行く気持ちにはなれませんでした。そんな私を見て、夫は殆ど無理矢理私を連れ出したのです。

行く途中も、ずっと地震や原発の事が頭から離れず、気が気ではありませんでしたが、不思議な事に演奏が始まり、力強い演奏や歌、ダンスを見ているうちに、どんどんと引き込まれて行って、その間だけは全てを忘れてタンゴだけを堪能する事ができました。

そして、上記の友人のツイートを見て、悲惨な戦時下のサラエボの廃墟の中で演劇がずっと密かに行われていたという話も思い出しました。どうして殺戮やレイプが毎日起っていたようなサラエボで娯楽の事など考える事ができるのかと怪訝に思う人もいるかも知れません。でもサラエボの人々は、異様な状況が日常となっている中で、正常な精神状態を忘れたくなかったのだそうです。演劇を見ることによって、ともすれば狂ってしまいそうな自分の心を正常に保とうとしていたのでしょう。

芸術というのは、一見あまり役に立たない金持ちの道楽で、誰のお腹を満たす事もできないようにも思えますが、実は人間にとってなくてはならないものの一つです。もしも本当に芸術が無用の長物ならば、人は洞窟に壁画を残さなかったし、様々な偶像を残す事もありませんでした。でも芸術は、どんな状況下でも決して廃れる事なく歴史上に存在し続けています。おそらく、芸術は人間がただの動物ではなく、人間であるというのを確認することができる一つの重要な手段なのでしょう。



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2012年2月6日

Danzón No. 2 聞き比べ

子どもの通っている学校は、リンカーンセンターで行われる子供用コンサートのチケットを無料で配る事がよくあります。この前の土曜日も、そのチケットをもらって  West Side Story and Other Music of the Americas と題された1時間程の短いコンサートに行って来ました。

その時に演奏された Danzón No. 2(ダンソン・ヌーメロ・ドス)という音楽は、今まで聞いた事がなかったのですが、ラテン系のノリの良いリズムと美しいソロと厚みのあるオーケストラが一緒になった素晴らしい曲でした。家に戻ってからもう一度聞きたいと思いユーチューブを探していると、グスターボ・ドゥダメルのレパートリーらしく、彼が指揮している様々なビデオが出て来ました。

ユーチューブで Danzón No. 2と入れて最初に出て来るのは、ドゥダメルがベネズエラの高校生オーケストラの指揮を大晦日コンサートで行っている様子です。ベネズエラ人の彼は、ベネズエラの高校の音楽ディレクターを務めているらしく、他にもベネズエラの高校生を指揮しているビデオがユーチューブで見つかります。また、彼はベルリンフィルでも同じ曲を指揮しており、その様子もユーチューブで見る事ができます。とんでもなく楽しくてノリノリのベネズエラの演奏とは異なり、典型的な美しいクラシックのベルリンフィルの演奏。両方ともそれぞれの魅力があり、とてもすばらしいのです。同じ指揮者が同じ作曲家の曲を違うオーケストラで違う解釈で行うとこんなにも異なるのかと驚かされます。ドゥダメルは素晴らしい指揮者だと思いました。

ドゥダメルはとても若いのでこれから末永く活動してくれると思うので、私も将来一度は、彼の指揮する音楽を聞きに行きたいなと思っています。

付け足しですが、Danzón No. 2は、メキシコの作曲家 Arturo Márquez が1994年に発表した新しいクラシックだそうです。2009年には、曲の為の短い無声映画が作られており、作曲家自身がピアニストとして出演しています。映画自体はちょっとメキシコの昼メロみたいですが、演奏は迫力があります。



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2011年10月29日

マイケル・ジャクソン

O. J. シンプソンの時程ではないにしても、マイケル・ジャクソンの死亡に関する主治医の責任を問う裁判の報道が加熱しています。特別に私はマイケル・ジャクソンのファンでも、ゴシップ好きでもないのですが、朝のテレビニュースを見ると、必ず5分位の時間を割いて裁判の経過についての報道や解説があるので、つい見てしまいます。

私を含め多くの人は、マイケル・ジャクソンの音楽性は認めながらも、家の敷地内に遊園地を作ったり、ペットにチンパンジーを飼っていたり、エレファントマンの骨を入手しようと試みるような、かなりのキワものだと思っていたはずです。でも、裁判が進行する中で、様々な事が明らかになると、生前には公表されなかったスーパースターであるが故の一個人としての苦悩や葛藤などが垣間見られて、気の毒に思ってしまいました。

様々な証言を繋ぎあわせてみると、マイケルは、異常なほど少年のように細い体型を保つ事に執着していて、食事の量も厳しく制限していたといいます。経済的にも苦しくなって来た晩年、計画されていたツアーを成功させる事に対するプレッシャーはかなりのものだったようです。故障だらけの体、睡眠不足、金銭面でのプレッシャー、仕事のプレッシャーがマイケルを処方箋中毒のような状態に陥らせる原因となったようです。

おそらく、マイケルのマレイ主治医は有罪となると思います。もしも、マレイ医師がマイケルの言うように睡眠剤や精神安定剤を処方しなかったとしたら、おそらくマイケルは彼を解雇して、何でも言う通りに処方箋を出してくれるような別の医師を雇う事になったのでしょう。でも、それが患者の言うなりになって、患者を死亡させた事のいいわけになるはずがありません。

リサ・マリー・プレスリーは、かつてマイケル・ジャクソンと確か2年間程結婚していたのですが、二人の本当の関係は何なのかと詮索の的となりました。彼女は終始一貫して、マイケルは幼児性愛者ではなく、二人の結婚生活も普通で夫婦生活もちゃんとあったと言っていました。当時から私にはそれが嘘だとは思えなかったのですが、やはり真実だったのでしょう。一つだけ興味深いと思ったのは、何かのトークショーにリサ・マリーと母親のプリシラ・プレスリーが出た時に、プリシラが「マイケルは、キング(エルビスの事)の子供が欲しかったから、リサ・マリーと結婚したのよ。」と言っていた事です。

いくつか起った、未成年男子を性的にいたずらしたという訴えも、金銭に目のくらんだ保護者が思いついたでっち上げだったという可能性が強そうです。そういう面倒くさいネガティブな事柄に延々を時間を費やしつづけ、精神的なダメージを受けるのが嫌だったんで、金銭解決という事になったんでしょう。

そして、更に追い打ちをかけるようなのが、マイケルの死後に突然湧いて出て来たような芸能人のマイケル賞賛。死人に鞭を打つ必用もないけれど、いままで忌み嫌っていた人物に対して手のひらを返したように態度が変わってしまうのは、見ていてあまりいい気持ちがしません。



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2011年10月9日

Something So Right

私の育った環境は、芸術の類とは無縁だった為に、子供の頃に影響された音楽や文学というのがあまりありません。今でも新聞やノンフィクションは読めるけれども、小説を読むのは苦手です。音楽はテレビの歌謡曲や母の美容室で聞いたFM横浜から流れて来た音楽以外は、物心ついてから手探りで自分で選んで聞くようになりました。

私はあまり歌詞を味わうのが好きではありません。余りにも湿っぽい歌詞は感動するよりも引いてしまうし、元気の良すぎる歌詞も疲れてしまうからです。音楽を選ぶときの重要なポイントが歌詞ではないと、様々な種類の音楽を同じレベルで聞く事ができるメリットはありますが、10代の頃に密かにタンゴを聞いていて、怪訝に思われた事もあります。

ところが世の中には、音楽に乗った歌詞が聞き手の頭にす〜っと入り込んでしまうように歌ってしまう素晴らしい唄い手がいます。聞こうと思わなくても、聞いてしまうんだから凄いです。表現力というのでしょうか。ポール・サイモンがその一人だと思います。特別に歌唱力があるとかうまいというわけでもないと思うのですが、彼の語りかけるような歌い方には思わず聞き入ってしまいます。

ポール・サイモンは若くして成功を納めた人ですが、Something So Right を聞くと、彼の感性に驚かされます。このメローな曲の内向的な歌詞には、多くの日本人が強く共感して不思議ではないのですが、アニー・レノックスを始め多くの歌手がこの曲をカバーしている事から、何事もバリバリとこなす怪物かブルドーザーのように見える西欧人も心の奥底に傷つきやすい部分を持っているのだというのがわかります。

表現というのは、自分の奥底から出て来るもので、ある程度の真実がなければ成り立たないものです。何かを伝えたいという真実があれば、技術の未熟さなど気にならない事もしばしばあります。これに初めて気がついたのは、20代の前半に聖書の勉強をしていた時でした。主宰しているイタリア人の宣教師がおぼつかない英語で読む聖書の言葉の方が、メンバーの日本人が読む聖書の言葉よりも心に訴えかけてきたのには驚かされました。

45才にもなって自分の真実とは何なのだろうと、私は問うています。



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