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2012年10月21日

そば粉

子供の頃に、祖母はたまに蕎麦掻きを作って食べていました。祖母は醤油とネギ、七味をつけて、私は醤油だけをつけて食べていた記憶があります。蕎麦について書いていたら、蕎麦掻きが無性に懐かしくなって来ました。

日本でもそば粉はそれほど出回っている商品ではないので、アメリカではいくら日本食料品店に行っても、そば粉なんて売ってないだろうと思っていたのですが、普通のアメリカのスーパーでそば粉は売っていました。

Buckwheat flourといって、蕎麦を作るのではなく、パンケーキに入れたりするのです。表示を見ると、そば粉100%でオーガニックらしいので、正真正銘混じりけ無しのそば粉に違いないと思い、購入して蕎麦掻きを作ってみました。

最後に蕎麦掻きを食べたのはもう何十年も前の事になるので、記憶も定かではないのですが、蕎麦の香りがとても強かった記憶があります。でもアメリカのそば粉は、なんだか味も香りも欠けているように感じました。やはり、パンケーキ用なのでしょうか。

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上白糖とグラニュー糖

学生の頃に、北海道では「てんさい」とか「サトウダイコン」とか「ビート」とかいう砂糖の原料となるもの生産していると習ったのを記憶しています。砂糖の原料はサトウキビではないのかと少々怪訝には思いました。でも当時はネット社会でもなかったので特別に調べる訳でもなく、そのままになっていました。

何十年か経ち日本の家庭料理のサイトを作っていて、その疑問がやっととけました。何故日本の砂糖(上白糖)とアメリカの砂糖(グラニュー糖)は違うのだろうと思ったのです。

アメリカに来たばかりの頃、スーパーで買う普通の砂糖がコーヒーに入れる砂糖みたいにサラサラなのに驚きました。日本でも、お菓子の原料にはグラニュー糖を使えとレシピには書いてありました。でも、私の実家はグラニュー糖なんて洒落た物を常備しているような家庭ではなかったので、コーヒーにもお菓子にも何にでもベタベタの上白糖のみを使っていました。

日本で普通に手に入るお砂糖(上白糖)は、日本でのみ使われていて、グラニュー糖の回りに「てんさい」から出来る糖液を吹き付けてあるのだそうです。グラニュー糖よりも水分を含んでいるのでしっとりとしていて、グラニュー糖よりもコクと甘みが強いということです。また「てんさい」から出来る糖分は、焦げやすい性質を持っている為に、焦げ目が欲しい場合には上白糖は重宝するのだそうです。

そもそも何故日本だけ、こんな面倒くさい事をして砂糖を作っているのか、私が読んだサイトには、良く分からないと書いてありましたが、おそらく日本の生産者を保護する為だろうと思います。

ウィキには、上白糖はグラニュー糖を更に細かくした caster sugar だと書いてありますが(それよりも更に細かい砂糖がパウダーシュガー)日本の砂糖生産者の話からすると、上白糖とアメリカの caster sugar は全く別物のようです。



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2012年9月30日

日本の家庭料理を紹介

最近ブログの更新が滞っています。新しいプロジェクトを立ち上げているのでそちらに気を取られているからです。実は、日本の家庭料理をアメリカ人に紹介するサイトを作っています。

ニューヨークなどの都市部に住むアメリカ人が日本料理に持つ興味はかなり高く、今まで何度か料理の仕方を聞かれた事があります。いきなり「寿司を作りたいんだけど、どうしたら良いか教えて欲しい」と言われたって、簡単に説明できるはずがありません。

まず、誰も家でにぎり寿司なんて作らないということを説明してから、ちらし寿司ならば「寿司太郎」とかを買ってくれば簡単に作れるだろうからそれをすすめようと思っても、炊飯器も日本のお米も持ってないだろうし… 日本人ならば誰でも知っているような基本の基本から説明しないと理解してもらえないのです。

先日配布された野菜
先日、アメリカのアマゾンが日本の食材をかなり扱っていて人気も結構高いというのを知って、アマゾンで食材や道具の購入が可能ならば、アメリカで一般のアメリカ人が日本の家庭料理を作る敷居はかなり低くなったはずだと思いました。私が所属しているCSAでも配布される野菜に、ししとうや枝豆、蕪などの日本の野菜が混じっています。

おそらく、今でもアメリカの沿岸部以外の地域では、相変わらずの食生活をしているのでしょうが、ニューヨークではベジタリアンの数も増えているし、日本食をたまにレストランに行って食べるだけでなく、家庭でも食べたいと思う人は増えているのだろうと思います。

手の込んだ料理ではなく、日本の主婦が毎日作るような普通の料理、しかもアメリカで手に入る素材で、なるべく失敗なく簡単に出来るレシピを素材の説明や道具の説明も合わせてやって行こうと思います。

来週には発表できそうなので、完成したらお知らせします。



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2012年9月24日

オバマ政権の二つの地雷

アメリカの大統領選挙まであと数週間です。景気回復はまだまだ遠いものの、その兆しが見えて来たと感じる人は今までになく多いようで、それがオバマ大統領の支持率をささえてもいます。あと数週間の間不測の事態が起らない事を選挙陣営は祈っている事だろうと思います。

その間、オバマ政権には絶対に踏みたくない二つの地雷があります。イランとイスラエルの問題、そして日本と中国の問題です。どちらの問題も一方が手を出せば、地域紛争が膨れ上がる懸念があります。この二つの地域はアメリカにとって軍事的にも経済的にも重要なので、アメリカは事態を悪化させないように必死です。

どのような理由があっても、これ以上アメリカが他国の紛争に軍事介入することは、国民の猛反対を食らいます。アメリカ本土こそ戦争に巻き込まれていませんが、長年の戦争のおかげて財政赤字は膨らみ、国民は憔悴しています。それがリビアへの関与も最小限にとどめ、シリアへの出兵もない大きな理由の一つです。

アメリカには徴兵制度がありません。これ以上の容易な戦争を抑止するために、アメリカにも徴兵制度を導入すべきだとチャールズ・ランゲル下院議員は以前から繰り返し言っています。自分の子供が戦争に取られると思えば、戦争を始める前にもっとよく考えるだろうという意見です。

徴兵制度が今のアメリカにないのは、偶然ではありません。ブッシュ前大統領がイラク戦争を始める前に「この戦争はボランティアでやることが重要だ」と言っていました。兵士の数が十分ではないと最初から分かっていたのに、徴兵制度はあえて設けなかったのです。徴兵制度を設ければ、ベトナム戦争の時のような反戦運動が起る事は必至だと予測したからです。

9/11直後は沢山出た志願兵も、今では殆どないようです。一度志願すれば、人手が足りない為に3度も4度も戦場に送られてしまいます。いくら国の為とはいえ、それで身体的精神的な傷を負ったり、命を失ったりするのは割に合わないと思うのは当然です。戦闘で死亡した場合、国から支払われるのは100,000ドル(約800万円弱)なのだそうです。

イランとイスラエルの問題の方が、日本と中国の問題よりも根が深く狂気を含んでいるように思います。それでもどうにかしてアメリカは今の所イスラエルを制止しています。おそらく尖閣諸島の問題もほとぼりが冷めるのを願って日中の両国を制止し続けるのだろうと思います。

それでもアメリカが全てをコントロールできる訳ではないので、緊張した地域にいる一人の人間が誤って引き金を引いてしまえば、事態は収拾がつかなくなってしまう可能性があります。実際に歴史上の多くの戦争は、そうやって始まっています。イランもイスラエルも日本も中国も賢くあって欲しいと願っています。



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2012年9月19日

アメリカの中国系メディア

アメリカには沢山の中国系移民がいます。私達日本人から見て、中国人か韓国人か日本人かというのは何となく分かる事が多いのですが、中国語が出来ない限り中国人を広東人、台湾人、香港人などに区別する事は不可能だろうと思います。また、アメリカで産まれた中国人と移民してきた中国人にも大きな差があります。

中国人移民同士でも出身が違うと言葉も違うので折り合いが悪いというのはたまに聞きます。例えばニューヨークでもフラッシングは台湾系が多く、チャイナタウンは本土系が多いなど、それぞれのチャイナタウンで中国人の構成も異なるようです。

特に、台湾人の中国共産党嫌いはかなり強いようです。歴史的に見れば、蒋介石が毛沢東に破れて台湾へ行ったのだから、元は同じ中国人でも中国共産党に敵対意識が強いのは当然なのでしょう。

本土からの中国人も、将来の中国の政情不安や経済不安を懸念して、財産のある人はそれを海外に移しているようです(中国人は昔から財産を海外に隠したり、子供を海外に出す傾向が強いようです。)。つまり、中国共産党の監視の目は怖いけれど、本土の中国人達も国家の行く末に大きな不安を感じているのです。

今回の尖閣諸島問題に関する中国各地のデモは、中国共産党の上層部の権力闘争に利用されているようで、デモを先導している人達も地元民ではなく公安警察だったり共産党がわざわざ駆り出してきた人びとのようです。普段、集会等を一切禁じられている一般の中国人は、デモを見てお祭り気分になって参加したり、それに乗っかってちゃっかりと反共産党のデモもしているようです。

こういう情報は、在米の中国系メディアから見る事ができます。日本語訳もあり、中国の内政なども分析しているので、何故尖閣諸島問題がエスカレートしているのかなどその裏事情も分かってなかなか興味深いです。

新唐人日本語サイト
新唐人英語サイト
大紀元日本語サイト
大紀元英語サイト (The Epoch Times)
ウィキによる大紀元の記述



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2012年8月3日

ひとつの比較

私はこの日本語のブログの他にも、英語でブログを書いています。英語のブログには、日本の文化や習慣、社会に関する事を書いているので、要するにアメリカについて書いている日本語のブログと正反対の事をしています。

日本語のブログと同様、英語のブログはアイデアから執筆まで全て私自身が行っていますが、英語のブログは必ずプルーフ・リーダーを通して文法の誤りを直してから、一般公開するようにしています。私はアメリカに18年間住んでいて、ニューヨークのアメリカ企業とも長年ビジネスをしているため、英語力はかなりあると自負していますが、それでも元々帰国子女ではなくバイリンガルとして育てられた訳でもないので、英語を母国語のように扱える訳ではないからです。

そのため、英語のブログを更新するためには日本語のブログよりも長い時間がかかるので、日本語のブログの数に比べると英語のブログの数自体もアクセス数も少ないのですが、興味深い事に不特定の読者から入るコメントの数は英語のブログの方が多いのです。英語のブログに入るコメントの殆どは、とても短いもので「良い内容ですね」とか、「面白い内容ですね」などの、ちょっとした励ましです。でも、そういうちょっとした励ましが時には前へ進む原動力を与えてくれます。

少し話題がずれますが、私は健康の為に競歩をしています。近所を歩いていると「頑張れ」というような意味の励ましの言葉を往来の人がかけてくれる事がたまにあります。私の夫もジョギングをしていた男性に声援を送っているのを見た事があります。その時夫に何故声をかけるのか聞きました。すると夫から返って来た答えが、
He looked like almost ready to give up. He really could use encouragement.
でした。その男性はかなり肥満で、ようやくジョギングをしていたような状態でした。夫が言うには、その男性がギブアップしそうに見えたので、運動をつづけるように励ましたかったのだそうです。

アメリカ人は、ほんのちょっとした事でも自分の中にだけしまっておかないで、相手に伝えたい人達が多いようです。



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2012年7月13日

名刺

個人事業をしていると、名刺が知らないうちに山のように溜まってしまいます。こんな事ではいけないと思いつつも、いつも整理を後回しにしてしまいます。5月の末から6月の初旬に日本から持ち帰った名刺も、今日ようやくスキャナーで読み込んで全てファイルし終わりました。

名刺を一つ一つじっくりと見ていて、いくつか気がついた事があります。アメリカの名刺ばかり見慣れた私の目には殆どの日本の名刺の文字がとても小さく感じました。名前と会社名、役職などはどの名刺もそれなりの大きさになっている事が多いのですが、電話番号やメールアドレスにかなり小さな号数のフォントを使ってあったり、その上さらに薄い色のインクを使ってあるとスキャナーのOCRも文字を拾いにくいようです。最近は片面英語の名刺も少なくありませんが、英字のフォントも日本字のフォントと同様にかなり小さめです。

小さな文字を名刺に使用する事が、日本人の美意識に基づいたデザインなのだというのは分かりますが、読み辛いのは事実です。実務的である事を最優先するアメリカ人にとって、なんだか綺麗に見えるけれど文字が小さくて読み辛い名刺は、あまり好感を持たれません。私が企業でデザイナーとして働き始めた頃、私がデザインしたものの文字が小さい、線が細いと何度か上司に言われました。私は自然と日本人としての美観に沿ったデザインをしていたのですが、その美観は多くのアメリカ人と共有のものではなかったのです。

日本で日本人同士名刺交換をしている分には、そのままの名刺で問題はないと思います。ただ外国に事業展開する時に、名刺のデザインはそのままにしておき、内容を外国語に訳しただけでは不十分です。その国の文化や習慣に沿った名刺や会社案内などを用意することは、相手に対して「私達は本格的にその国で稼働する用意ができている」という態度の表示でもあるのです。



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2012年5月18日

ブランディング

他人と同じである事が安全であり、目立ちすぎない事が尊ばれる日本では、あまりブランディングという事は声高に叫ばれません。ブランディングとは平たく言えば、自社のサービスや製品がいかに他社と異なっているかを際立たせる作業です。以前使っていたのと同じ物やサービスが欲しい買い手の立場を考えた場合、より良い製品やサービスを提供しようとしても利点にはならないと考えるのかも知れません。

ネームバリューだけでも売れるような大企業ならば、新製品や新サービスを出して他社との差をアピールするような冒険を犯しても消費者は興味を持ってくれるだろうし、その改革的な態度が評価される事はあるでしょうが、既に評価の定まった品物やサービスを提供する日本の中小企業は未だにブランディングを避けて通るものと考えるのが一般的なようです。

ところが、世の中は良くも悪くもどんどんグローバル化しており、その影響はどのような職種にもどのような国にも訪れています。生産の拠点は東南アジアへ移り、食品は輸入され、税理士は税金のソフトウェアーに変わり、弁護士は安価なオンラインシステムに変わり、商店街が大型ディスカウントストアに変わり、中小企業は大企業に次々と駆逐されていきます。

時代の流れだと言ってあきらめてしまえばそれまでなのですが、ちょっと視点を変えてみると別の事が見え始めます。中小企業にできて大企業に出来ないサービスや品揃えというのは何か、どこまでカスタマイズできるのか、何故その商売をしているのか、自社の特色とは何か… この考え方がブランディング作りの第一歩です。

全てに渡って自由競争が徹底しているアメリカでは、中小企業が生き抜く為に、またはこれから台頭しようとする小さいけれど野心的な会社が成功するために、ブランディングの力はとても重要です。大企業では企業内にブランディング戦略を考える部署を置いている場合が多いのですが、それだけの経済的余裕がない中小企業はコンサルティング会社を雇います。私が行うのは、アメリカ進出を考えている日本の中小企業の為のブランドコンサルティングです。

どこの街に行ってもみな同じような髪型をして、同じような服を着て、同じディスカウントストア、スーパー、ファーストフードレストランで用を足すような世の中はあまりにも味気ないと思います。もっと個性的で魅力的な日本の会社が日本や世界で沢山活躍して欲しいと思っています。



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2012年5月14日

肌の色

ニューヨークタイムスの週末版教育セクションに "Why Don't We Have Any White Kids?" と題された少々長い記事がありました。ニューヨークの公立小中学校では人種による隔離が進んでいるために、子供達に良い影響を与えないという内容です。

ニューヨークは、地域によって人種による住み分けがはっきりしています。例えば、マンハッタンは、ハーレム、イーストハーレムを除いて白人居住者の多い地域、スタテンアイランドは圧倒的にイタリア系の多い地域、ブロンクスは黒人と南米系の多い地域、ブルックリンは地域によって白人地域と黒人地域が別れていて、クイーンズは新しい移民が多く人種的な混在が見られます。と言っても、これはかなり大雑把な線引きで、実際はクイーンズのフォーレストヒルズには白人と中国人韓国人が多いとか、ブルックリンのクラウンハイツには黒人とウルトラオーソドックスのユダヤ人が多いとか、それぞれのコミュニティーにはそれぞれの特徴があります。

記事にある学校は特にブルックリンのチャータースクールという種類の公立学校に関してです。地域には白人の家族も住んでいるのですが、その子供達は優秀な子供達のみが入れる地域外の公立学校や私立学校に通っており、近隣の公立学校に入る子供達は黒人の子供達のみという状況になっているようです。

住んでいる地域も黒人が多く、社会的な繋がりや学校で顔を会わせるのも黒人のみという隔離された状況は、実際のアメリカ社会とは大きく異なります。そういう環境で育った子供達が学校を卒業して社会に出たり大学に進学した時に、他の人種の人々と顔を合わせてコミュニケーションを取らなければならない状況に置かれても、相手の肌の色しか目に入って来ないのではないか、とある保護者は記事の中で懸念していました。

そもそも日本人には、「相手の肌の色しか目に入って来ない」というのがどういう事なのか全く理解できない人もいると思います。例えば日本の公立小学校に若い白人アメリカ人の女性の英語教師が配属されたとします。その地域に白人は住んではいるけれど、特別に交流があるわけでもない程度の状況で、学校にいるたった一人の白人教師は、いつまでたっても白人教師でしかありません。その人がどういう教育信念を持った人なのか、どんな社会的な考え方を持った人なのかという人格がなかなか浮き出て来ないのが現状だと思います。

肌の色や表面的な雑作ではなく、その人物の内面を知る為には、儀礼的な挨拶だけではなく、もっと突っ込んだ会話が必要です。子どもだったら、同じクラスに違う肌の色をしていて、違う価値観を持った子どもがいると、そのクラスメートとの会話、友情、衝突、軋轢を通して、世の中には自分と異なった人々が存在するのだというのを経験として学ぶ事ができます。

当然ながら、日本では多彩な人種がいる小学校のクラスというのは、望んでも得られるものではないのですが、だからこそ日本のようなモノカルチャーの世界で生まれ育つ人間は、これからの国際化された世界を生きるにあたって、ある種のハンデキャップを潜在的に抱えていると理解するのは重要だろうと思います。



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2012年5月3日

日米の経済

先日、日米首相会談がホワイトハウスでしめやかに行われたようです。最近5年間で6人目の首相ということで、アメリカ政府も野田首相がいつまでもつのか皆目見当がつかないようで、いま重要な交渉をしても半年後に首相が交代したら、全てが振り出しに戻る可能性もあり困惑していると各メディアは伝えています。

ラジオを聞いていたら、かなり興味深い日本に関するレポートがあったので、ついつい聞き入ってしまいました。Japan: Over the hill? というタイトルはつけられていたものの、レポートの内容は日本の経済はなかなか健全であるというものです。日本はGDPこそ下がりましたが、一人当たりのGDPは下がっておらず、実際に日本人の生活を見る限り、困窮しているようには見えないと説明していました。私も日本からのニュースを見る限り、あれこれと物を買う多くの日本人の生活には余裕さえ見られると思っています。貧困家庭が急増しているアメリカとは大違いです。

ラジオのショーではその理由を、経済のシステムにあげていました。日本の経済のシステムは規制が沢山あり、アメリカのように規制をことごとく取り払った経済とは対局にあります。そのために西欧諸国は日本の経済を常々快く思っておらず、その成功を認めたくないのだと言っていました。

興味深い事に、現在西欧諸国が抱えている不況は、本来必要であった規制まで取り払ってしまった結果、引き起こされたものです。アメリカでは、更に規制を取り払うべきだと主張する政治家がまだ沢山いるのは驚くべき事実ですが、規制というのは経済の健全な成長には必要なものなのだとやっと理解できたアメリカ人もいるはずです。もしかしたら、これから日本式の経済が世界で注目を浴びるようになるのかも知れません。

日本人のなかには、日本はアメリカの子分で全て言う事を聞いていると思う人もいると思います。でも実際にアメリカに住んで、その政治経済を目の当たりにすると、アメリカは思い通りにならない日本に対して歯ぎしりをしているのが見えます。1940年代50年代にはかなり強かったアメリカの影響力も、今ではかなり薄いのです。中東も、イラクも、アフガニスタンも、アメリカが当初思い描いたようには事が運んでいません。

貿易交渉になると、いつも規制を撤廃しろと詰め寄るアメリカになかなか話を合わせない日本。牛肉をもっと日本に輸出しようとしても、アメリカ産の牛肉を嫌う日本人。異なる文化が交流するのですから、そこで様々な問題が持ち上がるのは当然なのです。



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2012年4月17日

日米の疑心暗鬼

アメリカに住んで、早くも19年が過ぎました。まだまだ日本で生活して来た年数の方が長いけれど、19年も住んでいるとアメリカという国の様々な内状が見えて来ます。日本にニュースや映画、テレビドラマ等を通じて伝わるアメリカは、ごく一部のアメリカでしかありません。

日本に関しても、あれこれかんがえます。日本のように変貌が早く激しい国は、ほんの少しいないだけであっという間に状況が変わってしまうので、私がかつて生活していた日本と今の日本は既に大きく異なっています。

日本とアメリカの関係は、どの角度から見ても、お互いになくてはならないパートナーなのですが、お互いの不信感に恒常的に悩まされているように思えます。お互いに相手の事を「抜け目のない、信用できない奴だ」と思っているのです。

日本人からしてみれば、アメリカはかつての占領国で、憲法第九条を押し付けた国、そしてその後自衛隊を作らせた国。アメリカは自国に都合がいいように日本を作り上げようとしました。ところが、アメリカ人からしてみれば、日本が経済大国になったのはアメリカのおかげなのに、日本の取り決めはいつも不透明で交渉がし辛いと思っています。

そしてお互いに自分の国の方が損しているように思っているのです。お互いに独立した国家なので、自国の利権が一番大切で、相手の国には不満や要望がいろいろあって当然なのですが。アメリカで生活している日本人としては、日米間の様々なレベルの疑心暗鬼がとても歯がゆく思われます。

日本人とアメリカ人は共通点がとても少ないのですが、だからこそお互いを知る事が大切です。ブログを通じて、これからもアメリカの現状や文化等を伝えて行きます。



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2012年3月26日

J-Pop Talk Show アメリカ版

サタデーナイトライブという70年代から続く土曜の深夜番組があります。時の話題をいち早く取り入れ、コメディアン達がそれを面白おかしいスキットに仕立ててライブで見せている番組です(実際は、再放送がかなり多いのですが)。

ごく稀に、日本文化が紹介される事もあります。日本文化自体を紹介するというよりも、一部の日本文化に傾倒している一部のアメリカ人のパロディーを描いていると言った方が分かりやすいかも知れません。下に貼付けたビデオは、日本文化好きのアメリカ人大学生が怪しい日本語を使いながら、ミシガン大学の校内テレビ放送を行っている想定です。

やけにハイテンションに演出してあっておかしいのですが、おそらく日本のアニメやコスプレ文化、J-Popは、このようにアメリカ人の目に映っているのでしょう。ステレオタイプではあるのですが、嫌みなく仕上がっており、若い世代のアメリカ人の日本文化への関心の強さが伺えます。

 



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2012年3月12日

異常な中での正常な状態

東北地方太平洋沖地震から1年ということで、各地で色々なイベントが行われています。私はニューヨークに住んでいるので、揺れも何も感じませんでしたが、去年の今頃は日本に住む家族や友人の安否が気になり動揺していました。

今の日本人の心の状況を考えると、私がニューヨークで体験したワールド・トレード・センター崩壊後のニューヨーカーの心理状況と重なります。と言っても、日本で起った地震の被害は、ごく局地的なワールド・トレード・センターの被害と比べると途方もなく甚大で、しかも問題の原子力発電所は未だにくすぶっている状態なので、被害にあった方々は、今でも毎日大変な思いをされている事と思います。

高校時代の友人のツイートを読みました。「NHK『3・11のマーラー』、震災の日に予定されていたコンサートを決行した新日本フィルの当日のドキュメント。観客も含め、今の場所で自分のなすべきことを成し遂げることも大事、音楽は人の心を救うものだとしみじみ感じた。(@tokoestcontente)」それを読んで、そういえば自分にもそんな事があっのだと思い出しました。

私はアルゼンチン・タンゴやコンチネンタル・タンゴが大好きなのですが、去年の今頃、地震や原発事故の事で頭がいっぱいで、楽しみにしていたタンゴの演奏とダンスを見に行くのを中止しようかと思っていたのです。起きている間は、ずっとコンピューターにかじりついて、拾える限りの日本の情報を調べまくり、とてもタンゴなど見に行く気持ちにはなれませんでした。そんな私を見て、夫は殆ど無理矢理私を連れ出したのです。

行く途中も、ずっと地震や原発の事が頭から離れず、気が気ではありませんでしたが、不思議な事に演奏が始まり、力強い演奏や歌、ダンスを見ているうちに、どんどんと引き込まれて行って、その間だけは全てを忘れてタンゴだけを堪能する事ができました。

そして、上記の友人のツイートを見て、悲惨な戦時下のサラエボの廃墟の中で演劇がずっと密かに行われていたという話も思い出しました。どうして殺戮やレイプが毎日起っていたようなサラエボで娯楽の事など考える事ができるのかと怪訝に思う人もいるかも知れません。でもサラエボの人々は、異様な状況が日常となっている中で、正常な精神状態を忘れたくなかったのだそうです。演劇を見ることによって、ともすれば狂ってしまいそうな自分の心を正常に保とうとしていたのでしょう。

芸術というのは、一見あまり役に立たない金持ちの道楽で、誰のお腹を満たす事もできないようにも思えますが、実は人間にとってなくてはならないものの一つです。もしも本当に芸術が無用の長物ならば、人は洞窟に壁画を残さなかったし、様々な偶像を残す事もありませんでした。でも芸術は、どんな状況下でも決して廃れる事なく歴史上に存在し続けています。おそらく、芸術は人間がただの動物ではなく、人間であるというのを確認することができる一つの重要な手段なのでしょう。



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