2011年10月13日

Netti Pot 評論家


日本でいう鼻うがいの事なんですが、風邪をひいて鼻水がズルズル出ている時にこれをやると本当にスッキリします。風邪をひいていなくても鼻炎のある人は、毎日やっているかもしれません。

日本では普通にコップを使って片方の鼻から水を吸い上げると友人に聞きました。慣れてしまえばそれで良いと思いますが、アメリカには(インドにも?)ネティポットという鼻うがい専用の器具が存在します。日本円にすると1000円位のもので、急須のような片口のような形をしています。素材は陶器、プラスチック、金属など、様々です。形にもかなりのバリエーションがあります。不器用なアメリカ人ができるだけ簡単に鼻うがいをする為に売っているのだろうと推測しますが、これがかなり便利なのです。アメリカだと健康ショップやヘルスフードショップ、場所によってはドラッグストアーでも手に入ります。

きっかけは、丁度去年の今頃、競歩を始めたばかりの頃に風邪をひいてしまい、どうしてもこじらせる前に早く治したかったので、あれこれ調べたのが始まりでした。ジョギングをしている場合も同じだと思いますが、寝込むほど体調は悪くなくても、鼻は結構長い間グズグズしているもので、歩いている間に鼻水が出て来るととても困るのです。薬を飲んでしまえば…と言われるかも知れませんが、私は血圧が高い為に鼻水を止める薬が飲めないのです。

最初は本当におっかなびっくりでしたが、どうしても歩きたかったので意を決してやってみることにしました。1カップのぬるま湯と1/4ティースプーンの粗塩を溶かして作った食塩水をネティポットに入れて、口で呼吸をしながら顔を傾けて、片方の鼻へ注ぎ口を突っ込んでポットを傾けると、もう一方の鼻の穴から食塩水が出て来す。本当に全然ツンとした嫌な感じも痛ももありませんでした。鼻をかんだ後は、スッキリとして爽快です。

私がネティポットを使っているのを見た息子は、自分もやりたいと言い出しました。冬場になると、ひっきりなしに学校から風邪の菌を持って帰って来るので、息子にも役立つはずです。でもやはり、これは歯ブラシと同じような感覚のもので、いくら家族といえども同じ物を使い回しするのは衛生的によろしくないと思い、別のものを購入し、その後鼻炎持ちの夫にも買う事になりました。ネティポットを最初はバカにしていた夫ですが、いまでは毎日使っています。

私のネティポットは陶器製で、上の写真の男性が使っている物と同じです。夫のは女性が使っているのと同じ物、息子のは子供が使用しているのと同じ物です。値段に大した差はありませんが、強いて言えば、息子に買った柔らかいボトルのような形状をしたものが一番値が張りました。多分、一番使いやすいからだと思います。

日本でも、ネットで売っていますが、要は注ぎ口で水を注入する方の鼻の穴をキッチリと塞いで頭を傾けるか、柔らかい洗剤のボトルのようなもので水を押し出してやれば、自分で塩水を吸い上げなくとも簡単に水が鼻腔の中に入って行くということです。つまり、特別な器具を買わなくとも、使わない急須や洗剤のボトルでも用は足せそうです。



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2011年10月12日

芸術を愛でる感覚

先日書いたように、私は新聞やノンフィクションは読みますが、小説を読む事はごく稀です。あまり「お話」を読む気がしないのです。音楽も最近はそこそこ聞きますが、全く聞かなくても平気です。美術館もMoMAの現代美術よりもMetropolitan Museum of Artダマスカス商人の居間(先日行ったら、イスラム美術のセクションは、残念ながら改装中でした。)を眺めている方が好きです。

面白い事に、私の息子は全く逆のタイプです。お話を読みながら空想の世界をさまようのが好きなようで、放っておけば何時間でも読み続けたりしますが、ノンフィクションは嫌いで読ませようとしてもなかなか先に進みません。音楽も既に自分の趣味を持っているし、MoMAでは、3㎝程の厚さの黒いゴムの床材が丸めて床に置いてある、どう理解したらいいのか分からないような展示を見て「見て、この影すごい綺麗だよ。」と言うのです。息子には、私と見えている物が違うのだというのがその時に解りました。でもMetropolitan Museum of Artは、少々退屈なようです。

MoMAの分館でPS1というのがロング・アイランド・シティーにあります。観光客でそこまでわざわざ足を伸ばす人はあまりいませんが、去年MoMAのメンバーだった時には、家から近いこともあってしばしば訪れました。そこはPS1という名が示すように、以前は小学校 (Primary School) だった古い建物を美術館に改装して使っています。

そこで以前行われていた映像の展示を息子が見入っているのに気がつきました。作家名はもう忘れてしまったのですが、一つの何気ない物から足が生えて別の物に変化して、それが更に又別の物に変化して… という連続が映像になっています。そこに夫が入って来て「僕はこういうのが、子供の頃にずっと頭の中にあったんだよね。ただ、それをどうやって表現するか、全く分からなかったから、芸術家にはならなかったんだけど。」と、大いに共感を示しているのです。

デザインの仕事をしている私よりも、保険屋の夫と8才の息子の方が芸術を愛でる感覚に鋭いとは、何とも皮肉なものです。



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2011年10月11日

そろそろ終わりに近づいた野菜の配布

今年の春からCSAというものに参加しています。Community-supported Agricultureの略で、近郊の農場と季節契約で野菜を購入し、週に1回まとめて配布を受けるというシステムです。特別にCSAが有機農法で育った野菜以外には取り扱わないという決りがあるわけではないのでしょうが、多くのCSAが有機農法の農場と契約を行っています。

私はそもそも農薬や遺伝子操作の野菜が気になるタイプではないのですが、ある日、Supersize Meを見て、鶏の育ち方に恐れをなし、鶏はオーガニックではなくても、放し飼いでなければいけないと思うようになりました。ところが、本当に放し飼いで育った鶏を手に入れるのは、あり得ないくらいに難しいのです。コストコでオーガニックの鶏は売っているけれど、本当に放し飼いかどうかは怪しい所だし、高いし、第一タンパク質を毎日大量に摂取するアメリカ人の夫がいると、かないません。

何がきっかけだったか憶えていないのですが、近所でCSAを行っている事がわかり、反対していた夫に内緒で参加してしまいました。ところが、一番最初の配布で作ったサラダの美味しさに夫が気がついて以来、夫もCSAの野菜のファンとなっています。計算すると1日2ドルぐらいになり、高いと言えば高いのですが、こんなにおいしい野菜はレストランでも滅多に食べられるものではないと思うと、それだけの価値は十分過ぎるほどあると確信しています。オーガニックというのはもうボーナスみたいなものだと思っています。

また、野菜がとても美味しいと、今までのようにタンパク質を過剰に摂取しなくても、充分な満足感があるのです。

今まで見た事もないような野菜が配布されるのも、CSAに参加している楽しみです。夏前に平たいインゲンを配布されて、どうやって食べたら良いのかネットで検索した憶えがありますが、同じ物を逗子のキングストアーで見た時には驚きました。日本のごく普通のスーパーにも目新しい野菜がどんどん出ているんですね。

そろそろ10月の末頃で野菜の配布も終わりになるので、おいしい野菜に甘やかされた私は、これからどうしたらいいのか、少々途方にくれています。以前、オーガニックだから美味しいのかと思い、オーガニックの野菜を近所のスーパーやファーマーズマーケットで買った事があるのですが、それほど美味しいとは思いませんでした。CSAと一般的なオーガニックとその違いがどこにあるのか全く分かりませんが、味が違うのです。

私の所属しているCSAは、去年は秋冬の野菜配布をしていたようなのですが、今年はまだその連絡がありません。カボチャ類や根菜だけでもいいから、冬にCSAの野菜が手に入ると有り難いんですが。



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2011年10月10日

スタテン・アイランドのグリーンベルト

最近、連休続きでお子様接待のネタにも手詰まりを感じていました。子供も今まで何度も行った所は飽きてしまっているのです。仕方がないので、目新しい所を求めてネットを調べた所、スタテン・アイランドにグリーンベルトというかなり広い地域があり、そこには幾つものハイキングコースがあるというので、行って来ました。

スタテン・アイランドには知り合いもいないし、何があるのかも知らないので、今まで車で通り過ぎた以外は、行った事がありませんでした。でも、今日は夫が何やらのテストが10月末にあるというので家で勉強をしているため、なるべく長く子供を連れ出すのがポイントだったので、クイーンズから遠く離れたスタテン・アイランドは好都合でした。

逗子の鷹取山ハイキングで、大興奮していた息子なので、これも大ヒットに違いない!と思ったのですが、そうではありませんでした。鎖場や大きな石の間をくぐり抜けるような夢とロマンと冒険を感じるようなハイキングが息子の所望のようです。

とうとう、息子が帰りたいと言い出したので、仕方がなく引き返しました。私も息子も長ズボンを履いて行かなかったので、足をボコボコに蚊にさされ、歩きながらもボリボリ掻いている有様でした。

グリーンベルト自体は、ニューヨーク市にあるとは思えないような素晴らしい自然保護地域なのですが、平坦で回りの景色がずっと同じようなコースを今回は辿ったので、息子にはつまらなかったようです。もっと、別のコースを行けば、廃墟を通ったり、湖畔を通ったり、海岸にも出るようなので、楽しかったかもしれませんが、それはもう少し研究して次回のお楽しみとします。



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2011年10月9日

Something So Right

私の育った環境は、芸術の類とは無縁だった為に、子供の頃に影響された音楽や文学というのがあまりありません。今でも新聞やノンフィクションは読めるけれども、小説を読むのは苦手です。音楽はテレビの歌謡曲や母の美容室で聞いたFM横浜から流れて来た音楽以外は、物心ついてから手探りで自分で選んで聞くようになりました。

私はあまり歌詞を味わうのが好きではありません。余りにも湿っぽい歌詞は感動するよりも引いてしまうし、元気の良すぎる歌詞も疲れてしまうからです。音楽を選ぶときの重要なポイントが歌詞ではないと、様々な種類の音楽を同じレベルで聞く事ができるメリットはありますが、10代の頃に密かにタンゴを聞いていて、怪訝に思われた事もあります。

ところが世の中には、音楽に乗った歌詞が聞き手の頭にす〜っと入り込んでしまうように歌ってしまう素晴らしい唄い手がいます。聞こうと思わなくても、聞いてしまうんだから凄いです。表現力というのでしょうか。ポール・サイモンがその一人だと思います。特別に歌唱力があるとかうまいというわけでもないと思うのですが、彼の語りかけるような歌い方には思わず聞き入ってしまいます。

ポール・サイモンは若くして成功を納めた人ですが、Something So Right を聞くと、彼の感性に驚かされます。このメローな曲の内向的な歌詞には、多くの日本人が強く共感して不思議ではないのですが、アニー・レノックスを始め多くの歌手がこの曲をカバーしている事から、何事もバリバリとこなす怪物かブルドーザーのように見える西欧人も心の奥底に傷つきやすい部分を持っているのだというのがわかります。

表現というのは、自分の奥底から出て来るもので、ある程度の真実がなければ成り立たないものです。何かを伝えたいという真実があれば、技術の未熟さなど気にならない事もしばしばあります。これに初めて気がついたのは、20代の前半に聖書の勉強をしていた時でした。主宰しているイタリア人の宣教師がおぼつかない英語で読む聖書の言葉の方が、メンバーの日本人が読む聖書の言葉よりも心に訴えかけてきたのには驚かされました。

45才にもなって自分の真実とは何なのだろうと、私は問うています。



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2011年10月8日

日本とアメリカの教育

アメリカの新学期は9月です。息子も3年生になって1ヶ月程経ちました。幸い新しいクラスに馴染み、友達もできたようで、親としては胸をなで下ろしています。

アメリカの公立小学校の1クラスの生徒数は、地方自治体と学年によって大きく異なり、場所によっては14人ぐらいの素晴らしい所もある一方、ニューヨーク市みたいに30人程もいる所もあります。固定資産税が高い裕福な地域は、教育に充てられる税金も多く、1クラスの生徒数が少ない傾向にあるようです。

息子が小学校1年生の夏に、逗子小学校へ2週間の体験入学をさせてもらうことができました。私が通った頃とは全く違う、最新式の見違えるような学校でした。子供の日本語が心配だった私は、一日だけ授業の内容を見学させてもらいました。その時の1クラスの生徒数が約40人程でした。私が子供の頃も同じような生徒数だったと思いますが、40人の6歳児を先生が一人で指導するのは、並大抵の事ではないと思います。それでも特別にクラスの規律を乱すような子供も見当たらず、先生も上手にクラスを指導していたので、とても感心しました。アメリカ人の1年生を集めて40人クラスにしたら、完璧な地獄状態になる事は間違いありません。

息子の入ったクラスの担任をしていた先生は、かなりのベテランで生徒との信頼関係も確立されていたようで、クラス運営のツボみたいなものを心得ていたように思います。でも、それと同時に勉強の指導が必用な子供達が殆どいないというのも40人クラスが成立しうる理由なのだろうと思いました。おそらく日本では、沢山の子供達が塾へ通っているからでしょう。私も塾へ通った子供の一人なのですが、塾へ通っていると学校で初めて習う事は殆どなく、全てが簡単にできる復習でした。

アメリカには、塾というようなものが存在しません。個人で勉強を教える家庭教師のようなチューターというのはあるし、公文に通っている子供もたまにいますが、基本的に勉強は学校でするもの、毎日の宿題は親が責任を持って見てやるものと相場が決まっています。両親が働いている場合でも、親は仕事から帰った後に子供のやった宿題に毎日目を通して、間違っている所があれば、やり直させたりします。もしも悪い学区に住んでいる場合には、子供を私立の学校に入れたり、ニューヨークだと子供の学校の為に引っ越しまでする家庭も珍しくありません。子供の成績に関しては、学校と親の責任がかなり重いのです。

ついこの前、日本が教育に使っている税金の割合が先進国の中でもかなり低いというニュースがあり、私は驚きました。日本人の教育レベルがそれでも高いのは、親が子供の教育に対して高額な投資をしているからなのでしょう。つまり日本の政府は、子供にかけるべき教育の費用を一般家庭に丸投げしているのです。アメリカの教育問題は、既によく知られている所だと思いますが、日本の教育問題もかなり深刻なようです。



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2011年10月7日

もうすぐ死ぬとしたら…

スティーブ・ジョブズが亡くなりました。仕事柄もあって、私はMacを使うのですが、そうでなくてもMac製品の無駄を省いた美観と使い心地が好きです。ギークではない私でも、少々の不具合ならば自分で直せるのがMacの良い所だし、ファインダーも見やすく、ファイル整理もしやすいのです。ウィンドーズではそうは行きません。

今日はいちにち、スティーブ・ジョブズの訃報でテレビやネットは溢れていました。その中で、2005年に行われたスタンフォード大学の卒業式祝辞のビデオが何度か使われていました。とても素晴らしい祝辞です。英語なのですが、上のリンクからビデオも原稿も見る事ができます。(追記:日本語訳もネットで見つけました。訳の仕方によって、ずいぶん雰囲気が変わるものですね。興味深いです。)

何を言っているのかというと、自分の生と死とそれまでの人生を例に挙げ、本当にやりたい事を見つけなさい、見つからなかったら、妥協せずに探し続けなさい、時には死と直面した時に自分の本当にやりたい事が見えて来ることもある… という内容をもっと雄弁に、スティーブ・ジョブズの説得力をもって語っています。

実は、私がブログを始めたのもそれなのです。私は、国文学を勉強した事もなければ、小説さえ碌に読んだ事がありません。子供の頃に作文が得意だったわけでもありません。でも、自分の中にあるものを書いて表現しないでは死ねないのです。いままで、何かを書くなんて夢にも思っていなかったのに不思議です。

また数ヶ月後には、別の事に興味が移っているのかもしれません。でも、それならそれでいいんだと思いました。



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