2012年3月16日

アフガン住民の米兵による殺害

この件に関しては、どうも釈然としない事が多いと思っています。本当に嫌な事件です。

アメリカのマスコミは、ペンタゴンからの発表が極めて少ないという事もあるのでしょうが、未だに突っ込んだ報道をしていません。今日のニューヨークタイムスの記事を読むと、殺戮を行った米兵は、2001年に志願してから合計で4回も戦地に送られていて、アメリカに住む妻との関係も悪く、ストレスを溜めていたという事が書いてあります。

記事のずっと下の方に読者のコメントが沢山寄せられていますが、米兵やその家族に同情的な記事とは異なり、かなり厳しいものばかりです。「誰でもストレスはあるけれど、だからと言って銃を持ち出して子ども達を殺したりはしない」「帰還兵がアメリカでアメリカ人を殺害した場合には、すぐにでも名前が公表されるのに、兵士がアフガニスタンでアフガン人を殺害した場合には、どうしてここまで隠蔽工作がなされるのか」というような、日本でも殺人事件の犯人に対して頻繁に言われるような事柄です。

ペンタゴンがここまで米兵を庇護するのは、近年のアメリカの戦争が全て志願兵のみによって戦われているのと関係があります。今のアメリカには徴兵制がありません。アメリカは次々と戦争を始めているにも関わらず(沢山の戦争をしている為に)、兵士の数が足りないのです。
  • 戦争に行けば、負傷したり悪くすれば死ぬ事もある
  • 戦闘に参加した兵士は余りにもトラウマが大きい為に、帰還しても平常の生活にもどる事が困難である
  • 負傷しても、国からの援助があまりない
  • 兵士が足りない為に、何度も戦場に送られてしまう
等の理由から、9/11の直後には沢山いた志願兵も、今では殆どなりたい人がいません。何年か前までは、失業率が高い貧しい地域から志願兵が沢山出たのですが、いくらお金をもらっても命や正気と引き換えにアフガニスタンに行く価値はないと気づいたのでしょう。

時折思うのですが、人の命の重さには差があります。国家の力が大きければ大きい程、その国民の命も尊いのです。建前上は、全ての命は平等に尊いのですが、現実社会では明らかにアメリカ人の命はアフガン人の命よりも重いのです。コメントの一つにあるように、もしも問題の米兵が、アメリカでアメリカ人の女性や子どもを含む16人を殺害した場合には、もっとセンセーショナルな報道になるはずです。残念ながら、人間というのは、自国民の痛みは感じる事ができても、国も、人種も、言葉も、宗教も、生活習慣も異なる人々の痛みは、なかなか親身に感じる事ができないもののようです。

日本のアメリカ軍基地の周囲でアメリカ兵が時折起こす事件とそれに対する日本人の怒りも思い出されます。今回の事件を起こしたアメリカ兵の始末に関しては、アフガン側の意見を聞き入れ、アメリカは予定よりも早くアフガニスタンから引き上げるしかないでしょう。

今後はアメリカも徴兵制を再開するべきだと思います。アメリカ本土が戦地にならない限り、志願兵のみの戦争は、所詮「誰かがやってくれる戦争」で、今回のような事件は「頭のおかしな奴が行った事だから社会から取り除けば良い」という他人事になってしまいます。でも同様の事件は、実は場所を変えて人をかえて、繰り返し起きています。帰還兵が自殺したり家族を殺したりする話は、珍しくないのです。アメリカ人は根本的に考え方を変えないと、これからも同様の事件は起き続けるのだろうと思います。



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